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2016-11-29 12:00 | カテゴリ:感動癒やし泣ける話
■天皇陛下を『おとうちゃん』と呼んでしまった記者!次の瞬間!【天皇陛下】の行動と想いに感動!【皇室・天皇】

2017/06/26公開 13:08


以下、Temy による書き起こしです。

 2016年8月8日、天皇陛下がご自身のお言葉を収めたビデオメッセージを公開、お気持ちを表されました。その中で、生前退位というお言葉こそ聞かれませんでしたが、「次第に進む身体の衰えを考慮する時、象徴の務めを果たしていくことが難しくなるのではないかと案じています」と語られ、その意向が強くにじむものとなりました。

 1959年(昭和34年)4月10日にご成婚された天皇皇后両陛下。民間初のお妃となる美智子皇太子妃殿下(当時)は、ご婚約発表時から国民の支持を受け「ミッチーブーム」が巻き起こりました。

 入内された翌年、殿下に初のお子様、浩宮様が誕生。その後の会見で殿下は「親子三人、川の字になって寝るような家庭をつくりたい」と話され、皇室の慣例になかった親子同居に踏み切りました。そして平安時代から続いた乳人制度を廃止。


記事の続き有り 「>>続きを読む」からどうぞ ~( ^-^)_



 それまでの宮中のしきたりでは、親子別居が当然だったのです。「開かれた皇室」として、子育ての様子を公開され。その存在が一気に私たちの身近なものとなりました。

 天皇家の長女紀宮様と東京都職員黒田慶樹さんとの結婚式・披露宴にも天皇陛下、皇后両陛下はじめ皇太子ご夫妻、秋篠宮ご一家らと揃って出席されました。天皇陛下が民間の結婚式と披露宴に出席するのも異例なことでした。

 陛下には、そのお人柄が垣間見える印象的なエピソードがたくさんあります。その一部をご紹介したいと思います。

1.記者に「お父ちゃん」と呼ばれた…!

 ある日、取材のために新聞記者たちと一緒に山に登られた時のこと。マスコミは美智子妃殿下と浩宮殿下のツーショットを撮影すべく追いかけます。ある記者が撮影に夢中になり、そばにいたカメラマンに「おい、邪魔だ」と押しのけてまでシャッターを切っていました。ふと見ると皇太子殿下の姿が見えません。先ほど押しのけた近くのカメラマンに「おい、お父ちゃんはどこだ?」と聞きましたが、返事がありません。

 すると「お父ちゃんはここですよ」と背後から声が聞こえたのです。振り返った記者は驚きのあまり声が出ませんでした。

 カメラマンだと思って押しのけた方こそ、探していた皇太子殿下だったのです。しかもそんなことを気に留めずににこにこと微笑んでいらっしゃいます。この記者の行動と発言は、時代が時代なら不敬罪になってもおかしくないようなことです。

 恐縮することしきりのカメラマンに対し、皇太子殿下は笑みを崩さず「良い写真が取れたら送ってください」とまでおっしゃいました。

2.秋篠宮様を池に!

 「子供の教育は極力自分たちで」と話され、教育係を置かず、教育熱心なことでも知られている今上陛下。

 秋篠宮様が小学生の時、ペットのテンジクネズミを「水の中で泳ぐかな?」と思って試しに池に入れたところ、まだ季節は冬だったこともあり、泳ぐのを見るどころか心臓マヒで死んでしまいました。そこへちょうど通りかかられた陛下は、秋篠宮様に訊ねました。

「何をしている?」

「泳がしたら死んじゃった」

次の瞬間、秋篠宮様は陛下によって池に投げ込まれてしまいました。「何よりも大切な命の重さ」を教えようとされたのでした。

3.歴代天皇で初めてのこと

 1991年7月、長崎県の雲仙普賢岳噴火の避難所を訪れた際、歴代天皇で初めて床に膝をついて被災者とお話しされました。実は、膝をついて被災者と直接話をするというのは、陛下が皇太子時代に始められたこと。

 それまでは天皇陛下が国民の前で膝を曲げることはあり得ませんでした。これ以降、皇后陛下や皇族の方たちも、被災地慰問の際には陛下にならっていらっしゃいます。

4.自分達だけが履く訳にはいかない

 2011年の東日本大震災で、各地を訪問なさっているときには、避難所によってはまだまだ物資が足りない状況でした。宮城県のある体育館では、スリッパが用意できたのは両陛下に履いていただく2足分だけ。すると、それに気が付かれた陛下は一旦履かれたスリッパを脱がれたのです。そこには、被災者の方々が誰もスリッパを履いていない中で、自分達だけが特別に履くわけにはいかないという思いがありました。

 実はこれは初めてのことではありません。阪神淡路大震災の慰問の際にもスリッパを履かずに膝をついて被災者の方とお話しなさっている写真が、海外メディアにも取り上げられ大きな話題となりました。

5.計画停電に合わせて自主停電

 東日本大震災に伴う計画停電の際、皇居がある千代田区は対象外地域でしたが「大勢の被災者、苦しんでいる人たちがおり、電源すら無い人もいる。私の体調を気遣ってくれるのはありがたいが、寒いのは厚着をすればいいだろう」とおっしゃっり、停電時間に合わせ皇居の電源を落とすことになりました。さらに、計画停電の期間が終わった後も、しばらくこの自主停電は続けておられました。

 天皇陛下のお人柄が垣間見えるエピソード・・・いかがでしたでしょうか? これまでの伝統を守りつつも、時代の流れに合わせて柔軟に対応されていらっしゃることが伝わってきます。天皇陛下は皇后陛下と共に、これまで多くの被災地や施設を訪問され、多くの人を勇気づけ、励まし続けてこられた両陛下には尊敬の念に堪えません。


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